田舎

田舎での日々の買い物

 渡英して10余年、今までを振り返ると、都会より田舎での暮らしの方が断然長い。
 さらに一般の英国人よりも英国内の様々な地方で、しかも(ドの付く)田舎で暮らした機会が多いと、胸を張って言える(詳しくは前回の記事を参照のこと)。

 そういう海外の田舎で暮らしていると、日本人はもちろん、英国人からもよく「普段の買い物はどうするの?」と尋ねられることがある。

 私自身、日本では東京都心、自宅から500m以内にスーパーはもちろん、コンビニが数件あるような環境に暮らしていたので、そこからいきなり今暮らしているような英国の田舎に引っ越していたらやはり面食らっただろうと思し、こういう質問も出てきたはずだ。

 答えは二つ。田舎暮らしには必須の自動車運転免許を獲得して、片道10分~30分余りの運転をものともせずに買い物に行く。または、スーパーのオンラインショッピングを利用して宅配してもらうのだ。

 英国のスーパーのオンラインショッピングサービスは日本よりも早くに始まったし、より一般的に普及していると思う。先駆けのひとつがオカド(www.ocado.com)というオンラインスーパーに特化した会社で、昨年「顧客10周年記念おめでとうございます」メールが来て驚かされたから、オカドは2006年には既にサービスを開始していたことになる。残念ながらオカドはロンドンを中心としたイングランド南西部にしかサービスを展開していないのだが、2010年ごろから英国大手スーパーはどれも宅配サービスを始めているので、私は今は地域でサービスが利用できるスーパーを使っている。

 一般にどのスーパー宅配サービスも、支払う送料や年間購読プランに応じて、1時間枠の宅配時間を指定できるものから、数時間枠の宅配枠まで指定できる。私は1時間枠の宅配時間を指定可能なプランに登録しているが、年間で60ポンド(日本円で一万円~一万5千円程)払えば何回でもいつでも宅配をお願いできるので、重宝している。

 「でも年間プランで囲い込まれると、他のスーパーよりも高い買い物させられたりしない?」と思う方もいるだろう。私もそう考えたことがあるのだが、どっこい英国におけるスーパー間の競争は熾烈だ。大手スーパー4、5社内では日々価格を比較しあっており、私が注文した商品も「他のスーパーでは(セール等で)お安くなっていましたので、その分返金いたします」と、決済時にきっちり差額分を返してくれるのだ。日本でいう、チラシを見比べて安いスーパーに行く、ようなことを、スーパーが代わりにやってくれると考えると分かりやすいだろうか。

 時間のある時にオンラインで商品リストをささっと作って事前に注文しておけば、自分で店に行かなくて済むし、レジに並ぶ必要もない上、そこまで至れり尽くせりやってくれると、スーパーの宅配サービスを使わない方がもったいない。少なくとも私はそう思う。それでも私の周りでは特に生鮮食料品の選択を他人に任せるのに抵抗があるという人がまだ多いが、これに関してももし鮮度に問題があるようなら、配達後でもスーパーに連絡して商品分を返金してもらうことも可能だ。

 また応用編として、仕事や旅行でしばらく家を空けるような場合には、帰宅後に届くように食料品の宅配を事前に手配しておけば(多くのスーパーで最大3週間位先まで配達予約が可能)、家に戻ってから改めて買い物に行く必要もなく、すんなりと普段の生活に戻ることができる。

 スーパーで取り扱いのないモノや、どうしても(肉屋や魚屋のような)専門店で買い物したい場合には、自分で車を出して買い物に行くが、宅配とうまく組み合わせることで、時間も手間もずいぶん削減することができる。

 車を出すのをためらうような、冬の横殴りの雨が降る中でも、道路が凍てつき雪の積もる日にも、夏の暑い日差しの下でも、朝でも夕でも、指定した時間にきっちりと届けてくれるスーパーの宅配業者さん達。彼らのおかげで私の手間暇が省けて大助かりだが、逆にいつもお世話になっていて頭が下がる思いである。

 結局何が言いたかったかというと、英国の田舎暮らしでも普段の日々の買い物に困ることは全然ないということだ。21世紀の田舎暮らし、万歳である。

 また、英国の田舎暮らしの普段の様子についても、色々と書いていこうと思うので、ご期待を。
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イギリス、春、子羊

 4月も下旬になって、あちこちで子羊が牧場を駆けまわっているのを見かけるようになった。春本番である。

 イギリスでは"Spring Lamb"(直訳すると「春の子羊」、そのまんまだ) という言葉があり、子羊は春の季語なのだ。以前の記事でも何回か写真を載せたりしているが、子羊の群れが朝や夕刻に跳ねまわっている様子は実に可愛らしい。でも実は可愛いだけでなく、彼らは結構うるさかったりもする。以前、が放牧されている牧場の比較的近くに住んだことがあるが、朝と夜、二重窓ガラスにも関わらず鳴き声で目が覚める程、彼らは小さな体から大音量で鳴く。

 近所の牧場で春ののどかな様子をビデオに撮ってみたが、子羊の鳴き声がかなり周囲に響き渡るのがわかるかもしれない。昼頃にもかかわらずよく通る鳥の鳴き声も背景に入っている。このビデオでイギリスの田園風景の雰囲気が伝わるだろうか。

時も移り…

 丸々6年間もご無沙汰してしまった。友達だったらきっと縁を切られている。

 最後にこのブログに記事を入れたのが2008年の5月。今は2014年の4月も終わりだ。常々書きたいネタは見つけていて、このブログのことも常に念頭にあったのだが、実際には全くの放置プレーだった。実際に自分で過去記事を読み返したのも5年ぶり位だろうか。自分で書いておきながら忘れていた記事もあって、自分で書いたくせに「へぇー、ほーぉ」とそれなりに面白く読み返した。色々と面白いことを記録に残しておいてくれてありがとう、自分。

 時は移って。

 2008年頃は英国はイングランド南西部のウィルトシャー州(Wiltshire)で築400年超えの古いコテージでの生活を楽しんだが、その後何を思ったか、一気に北上して今はイングランド北西部、カンブリア州(Cumbria)に引っ越しし、今はイギリス湖水地方と呼ばれる、風光明媚で知られる地域に暮らしている。日本人にはピーター・ラビットの故郷と言った方が通りがいいかもしれない。引っ越した距離の感覚は、関東は神奈川あたりから東北は仙台かその以北に引っ越したような感じと言えば、なんとなくわかってもらえるだろうか。移動距離的にはあまり正確なたとえではないが。

 田舎暮らしにも一層拍車がかかった(笑。東京から直接こちらに引っ越していたら、もしかしたら適応するのが難しかったかもしれないが、幸いなことに英国に移住してからというもの、ロンドンを始点として引っ越しの度に都会からどんどん離れていったため、十分田舎暮らしへの順応期間を積む機会があったおかげで、現在は田舎暮らしを楽しみながら満喫するに至っている。
 
 犬も一頭から二頭になった。二頭とも黒のラブラドールである。二頭目として家族に加わったアビーは実はもらいっ子だ。
 元の持ち主は男の子二人のいる四人家族だったが、母親の妊娠を機に、犬の面倒まで手が回らなくなるという理由で、獣医経由で新しいオーナーを探していたのだ。我々がお世話になっていた獣医がたまたま同じ獣医で、この獣医から「…こういう犬がいるんだけど、もう一頭飼わない?」という話を持ちかけられたのがきっかけだ。だから我々は犬の飼い主として獣医からお墨付きをもらったのだと思っているのだが、それは置いておくとして、アビーは純粋に元の飼い主の都合で手放された犬で、犬自体にはまったく問題がないのだから、それならば、と引き取ることにしたのだった。
 引き取った時点でアビーは既に一歳半。だから我々は子犬だった頃の彼女(メスだから)を知らない。それはもう可愛い子犬だったろうと思う。でもとにかく気質の良いお嬢さん犬で、最初に目があった瞬間から家族になってしまったという犬である。

 この6年間、仕事面でも実に様々なことがあった。その時その時では上手く進んだこと、それから思ったように行かなかったことなど色々あったが、今から振り返ると全ての要因がまわり回って上手くつながり、「今」を後追してくれている。我ながらつくづくラッキーだと思う。
 思い起こせば社会に出てからというもの、いやもっと言えば中学高校の頃からの選択が、小さなものから大きな選択まで全て上手くつながって今に至っている。特に、同年から先輩、会社の上司などなど全て含めて、周囲にとてもいい人々がいる恵まれた環境にいた影響が大変大きいと思う。本当に感謝である。

 何の話だったか。端的に言えば、この6年間に色々あったという話である。

 6年経ってから古いブログを再開するよりは新しいブログを作ったほうがいいのかもしれないが、敢えてこのプラットフォームで続けていってみようと思う。

 相変わらず不定期更新になるかと思うが、まず、次の記事が6年後にならないようにしたい(爆。

早朝の影絵

 日に日に日が短くなっていく。最近は、犬と一緒に起きる時間には、外がまだ真っ暗だ。朝の冷え込みも暗さとともに度を強めていっている。

 下の写真は、そんな早朝に窓から見えた景色。昔子供の頃によく読んだ絵本の影絵のような影の濃淡を写し込むことができた。なんだか墨絵のようでもある。
morning twilight

10月20日、自宅台所より撮影。

野生のウサギ

 ある日、ダイニングの窓からぼんやり外を見ていると、なんだか道路の向かい側の草むらに動くものが…?交通量は多くはないけれど、比較的スピードを出して走る車も多い道路なので、気になって外に出て何だか確かめてみた。

 ウサギだった。ただ頭や耳にハゲがあるし、目も汚れている。きっと病気で弱っているのに違いない。それにしても、こんなに道路沿いにいてはいつ轢かれてしまってもおかしくないので、とりあえず動いてもらうことに。手を近づければ逃げてくれるだとうと思いきや、どうも目が見えない様子。私が近づいても一向に逃げる気配がない。これでは轢かれてしまう可能性が倍増である。
 
 仕方なく捕まえてみようとすると、あっけなく腕のなかにおさまってしまった。以前にもちょっと書いたように、野生のウサギは周辺にたくさんいて珍しいものではないが、実際に触るのはもちろん初めてである。でも思っていたよりずっと軽い。それに、ふかふかの柔らかい毛皮がなんとも気持ちよい。コートやバッグなどにも使われている「ラビットファー」そのものなのだが、こちらの方が毛も密だし、それ自体が暖かくて心地が良いのだ。

 ふかふかの軽いいのちを抱えながら、本来の目的であった、安全な草むらまで持っていって逃がしてやった(毛皮の感触が名残惜しかったが…)。
 
 無事に仲間と会って巣穴に帰ってくれれば、と思っていたが、2、3日後に再びこのウサギに、今度は玄関前で再会した。目も見えないのにどうやって道路を渡ったのか不思議だが、運がよかったのだろう。でもハゲが増えていて見るからに前回より衰弱している。

 後で聞いた話だが、病気になったウサギは巣穴から追い出されてしまうそうだ。仲間に伝染するのを防ぐためらしい。その際に、仲間から蹴られたり噛まれたりしてさらに痛手を負うことがあるとか。前回は良かれと思って巣穴のたくさんある方向に逃がしてやったが、もしかするとそれが裏目に出てしまったのかもしれない。かわいそうなことをしてしまった。

 ウサギは少しすると家の前に駐車してあった車の下にもぐってしまった。頭がつかえそうな位の高さに天井ができて、巣穴にいるのと似ていて安心したのかもしれない。ウサギの周りにおちているニンジンのかけらは、私が投げ入れてみたもの。それにも見向きもせず、身じろぎもしないでじっとしたままだった。
injured rabbit 冬はきっと越せないだろう…

 2、3、時間後にもう一度見てみると、もうどこかへ行ってしまっていた。

 草原を散歩していると、動物の亡骸をたまに目にすることもある。命を失ってしまった有機体を見ても、自然の摂理、弱肉強食と割り切ることができるし、それ自体は私の感情にあまり訴えてこない。 しかしながら、痛手を負いながらもまだ生きている動物を見るのは、切ないものだ。

 あのウサギ、まだどこかをさまよっているのか、それとも…。
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